パキスタンの男性が情熱を傾けていることがあります。それはボディビル。
1952年に初めてボディビルの大会が開かれて以来、パキスタンではボディビルが労働者のスポーツとして考えられてきました。近年はソーシャルメディアの普及により、若者を中心に人気を集めています。
パキスタンの平均月収は81,925ルピー(約4万3千円)。学校を卒業したばかりの若者や単純労働に従事する者にとって、ジムに通うことは経済的に容易ではありません。ジムの会費に加えてボディビル用の食費やサプリメント代を払うために、友人や家族から借金をする人が多いといいます。動機は俳優やインフルエンサーのように格好良くなりたいから。自分に自信をつけたいから。中にはトレーナーとなって自らのジムを開くことを目標とする人もいます。
しかしながら、パキスタンのボディビル界には闇の側面がふたつあります。ひとつはジムを温床とした薬物の乱用。ジム関係者が宣伝効果を期待して、練習生に薬物を取るよう積極的に勧めるといいます。誘いを断った練習生は大会から閉め出されたり、ジムから追い出されることも。
「他の男を圧倒するために自らの体を苦痛と危険に晒すという面で、ボディビルは非常に男性的なスポーツです。同時に、常に誰かの支配下にあるという受け身の側面もあります。心が休まることはありません」と、あるトレーナーは言います。
薬物の使用で亡くなるボディビルダーがいるにも関わらず、状況は改善していません。各大会の運営に明確な方針や規制がないために、薬物は勝つために必要という意識が根付いているためです。ステロイド剤やホルモン剤に頼らず大会で成績を収めることはほとんど不可能。「刀一本で核戦争に行くようなもの」だと関係者は言います。
もうひとつの問題は男性からの性的搾取です。
SNSに4万人近いフォロワーを持つボディビルダーは、送られてくるメッセージのほとんどが性的関心を持った男性からだと言います。無料で写真撮影をすると言って性的関係を期待する自称カメラマンや、仕事の計画を持ちかけて見返りに身体を求めようとする人など。こうした性的搾取は一般人だけではなく、業界人の間でも蔓延しています。
「オーディションに行くたびに裸になるよう求められ、キャスティングディレクターやカメラマンとの性交渉を迫られた。あるとき一部始終を録画され、後日その動画がネットに流出した。名前と顔を晒されて、誰も口を聞いてくれなくなった」
「有名なデザイナーのショーモデルに選ばれた時のこと。ショーの前日にデザイナーからホテルに来るように言われた。部屋に来れば今後のショーにも起用すると言われたが、断ったから仕事は無くなった。そいつは妻子がいるが、今でも連絡をよこしてくる」
同性愛が犯罪として扱われるパキスタンにおいて、被害に遭った人の受ける屈辱と恐怖は計り知れません。
薬物乱用や性的搾取が蔓延する最大の原因は、パキスタン国内にボディビルダーを支援する仕組みがないこと。「パキスタン政府がボディビルの国際連盟を指定し、その管轄下で、安全基準に従ってジムが運営されるべき」と、あるボディビル連盟の関係者は訴えます。