こんにちは、まとんマサラです。今回のブログは「RRR ナートゥ・ナートゥの歌詞を深堀 神様編」の続編です。
ナートゥを存じ上げてから早や半年以上が経った今、湧き起こる疑問…あのシーンはただのダンスシーンなのか?
まとんは思った。「ナートゥ」という言葉の意味、あのダンスシーンが劇中で持つ役割はなんなのか。そしてテルグ語話者はナートゥ・ナートゥに何を思うのか。
まずは「ナートゥ・ナートゥ」の作詞をしたチャンドラボース先生について調べてみます。
出身はアーンドラ・プラデーシュ州のワランガル地域。現在はテランガーナ州の一部として、州都ハイデラバードから146kmほどの距離に位置します(日本で言うと東京から群馬くらいの距離)。古代王朝の遺跡が残る、歴史と文化に溢れた都市です。
「ナートゥ・ナートゥ」がアカデミー賞を受賞した際、チャンドラボース先生はインタビューにこう答えています。
「歌詞の内容はすべて私が村で見聞きしたことです」
タイトル「ナートゥ・ナートゥ」のナートゥ(naatu)とはテルグ語で荒削りな、素朴な、田舎風の…という意味の言葉。繊細、上品、洗練といった概念の対極にあるのが「naatu」です。まさしくジェイクが言った「インド人がわからない “art” や “fitness” 」に対しての「naatu」なのです。
歌詞にはさまざまな固有名詞が出てきます。「ポレランマ」や「ポッタラージュ」は前回のブログに書いたようにテランガーナやアーンドラ・プラデーシュで親しまれている民族信仰の神様。「サンダル履きの大立ち回り」と訳された箇所はその地方の人が履いていた木製のサンダルを意味しています。「唐辛子入りの雑穀パン」は地元民のソウルフードとでも言いましょうか。
英国人のお上品な踊りに対して、地元の人にしかわからない荒っぽいノリとフリとネタ。そういったものを詰め込んだのが「ナートゥ・ナートゥ」。オリンピックにだんじりで参戦するとか、晩餐会でソーラン節を披露するとか、そんな感じでしょうか。いわゆる「音頭」に近いと思います。群馬県出身者(私)が上毛かるたに覚える郷愁に似たものもあります。
史実の上ではラーマが現アーンドラ・プラデーシュ、ビームがテランガーナ北部の出身。地理的には距離がありますが両方とも同じテルグ語圏には違いありません。地元を離れ、話す言葉も違うデリーにやってきた二人。外国人に罵られ抵抗もできずにいるビームを救ったのが兄貴の奏でる故郷の音だと考えると…涙が出ちゃう。