「タミル・ナドゥ州の政治家は自分たちの言語を誇りに思っているようだが、私への書簡は本文も署名もいつも英語で書いてくる。誇りを持っているなら、タミル語で書いたらどうか」
インドのナレンドラ・モディ首相が先週末にタミル・ナドゥ州で演説を行った際、同州政府の閣僚に対し言った言葉である。
インドには公的に認められているだけでも121の言語がある。そのうち最も話者が多いのがヒンディー語で、2011年の調査によると、インドの国内総人口のおよそ43%に当たる5億2千万人がヒンディー語を母語としている。世界随一の多言語国家において近年目立つのが、中央政府によるヒンディー語の影響拡大だ。国家政策には全てヒンディー語の名称が付けられているほか、スピーチや声明の翻訳を通して国外へヒンディー語を宣伝するためだけの部署もある。
ヒンディー語の推進は今に始まったことではない。1968年、ヒンディー語を国家の共通語にするべく「3言語方式」(Three-Language Formula)という国家政策が導入された。それにより、国内各地の学校で3つの言語を教えることが義務付けられた。北インドのヒンディー語圏ではヒンディー語、英語、インド国内の諸語のうちいずれか。南インドを中心とする非ヒンディー語圏では、各州の言語に加え、ヒンディー語と英語が必須科目となった。
ヒンディー語圏では第3言語として南インドの言語を教えることが望ましいとされていた。しかし南部でヒンディー語の指導が必須となった一方、北部では殆どの学校が第3言語に南インド諸語ではなく、サンスクリット語を選んだ。サンスクリット語は古代語であり、現代人が日常で使う言語ではない。重要なのは非ヒンディー語話者にヒンディー語を学習させることであって、ヒンディー語話者がその他のインド諸語を学ぶことではないのだ。
この状態は2020年に国家教育政策が改訂され、第3言語の必須言語からヒンディー語が外されるまで続いた。
タミル・ナドゥ州は、3言語方式の導入当初から政府によるヒンディー語の推進に強い反発を示していた州のひとつである。同州は政策が改定される前から3言語方式に従わず、学校教育で教える言語は同州の公用語であるタミル語と英語の2言語のみとしていた。中央政府はこのことを黙認していたが、最近になって態度が変わった。教育相が、ヒンディー語を学校教育に採用しない限り、タミル・ナドゥ州に対し2兆ルピー(2億ドル超)の資金援助を打ち切ると発表したのである。
タミル・ナドゥ州はインド国内において比較的教育レベルが高い地域である。同州の識字率は82%、国内全体の平均値73%を上回る。また、インドで初めて政府資金による学校給食を導入した州でもある。しかし政府が資金を打ち切れば、教育の質が落ちることは想像に難くない。
南アジア言語を専門とする言語学者、Peggy Mohan は次のように言う。「権力を持った言語とは、コミュニケーションの道具ではありません。人とわかりあうためではなく、自分の規範を他者に押し付けるために言語を使うのです。言語を理解できない相手に対し、人は優位に立つことができます」
言語は文化によって成り立ち、また言語からつくられる文化と思想がある。言語が権力を持つとき、失われるものの代償は計り知れない。
出典
https://mospi.gov.in/literacy-rate-india-state-wise-rgi-nsso