南米ペルーのアンデス山脈、かつてインカ帝国が栄えたクスコ近郊の村でヘアウィッグを作る女性たちがいます。
ワークショップを立ち上げたのはペルーの首都リマ出身の Kiara Kulisic 氏(以下、キアラさん)。IT企業の営業職に就いていましたが、自己免疫疾患によって髪の毛を失ないヘアウィッグを使うように。その後アメリカでヘアウィッグの技術を学んだキアラさんは、現地の福祉団体を通じて織物作りの伝統があるアンデス地方でワークショップをはじめました。
キアラさんがヘアウィッグを使う側から作り手へ、そしてペルーで技術を伝えるようになった背景にはふたつの問題があります。
ひとつはヘアウィッグ産業における問題。ヘアウィッグに使われる人毛の市場価格は過去10年で12倍に高騰しました。その価値から人毛はブラック・ゴールドと呼ばれ、中国を中心としたアジア諸国から米国、ブラジル、ロシアなどに輸出されています。
人毛製品の主な生産地は中国の新疆ウイグル自治区。米国CNNの報道によると同地区では2010年代後半からヘアウィッグの製造工場が急速に拡大、職業訓練所と称した収容施設で行われる人権侵害行為との関連が指摘されています。主要輸出先である米国は当該工場からの製品を全面的に差止め。2020年6月に税関で差し押さえられたヘアウィッグは約13トン(1億円相当)にのぼりました。
もうひとつの問題はペルーの男性優位社会。国連の調査によると、2020年2月から2022年9月の間にペルーで行方不明となった女性は4,848人、殺害された女性は309人。女性の10人に7人が近親者から暴力を受けているとの統計があります。こうした暴力の背景として、家父長主義、性別による根強いステレオタイプ、女性に対する暴力を容認する態度を国連は指摘しています。
ワークショップは女性たちが技術を学べるだけではなく、地域でお金が循環する場所としても機能しています。
ヘアウィッグの製作は現地に住む女性の髪を買うことから。仕入れた髪の毛を1本ずつ毛質や長さごとに分け、きれいに洗って手入れをします。購入する人の頭の形に合わせて型を作り、手作業で髪の毛を縫い込みます。ひとつのヘアウィッグができるまでにかかる期間はおよそ1ヶ月。ワークショップの参加者には平均額に相当する給与が支払われています。
妻は家庭にいるものという考えが根付く社会で女性が働くことに不満を持つ人もいます。ワークショップでは夫から反対された参加者が暴力を受けて辞めざるを得なかったことも。参加者のひとりは次のように語っています。
「何かを辛抱強く学んでいくのはセラピーのようなもの。集中していると嫌なことを忘れることができます。出来上がったものには価値があるし、人の役にも立ちますから」
今後、キアラさんは同様のワークショップを拡大していく計画とのこと。