今年5月、インド北部ウッタル・プラデーシュ州に住む10代の女性が、眠っていた家族をハンマーで襲い、父親を殺害し、兄に怪我を負わせた。
女性は上位カーストに属する比較的裕福な家系の出身で、同じ学校に通う下位カーストの男性と交際関係にあった。警察の調べによると、男性が女性にクロロホルムと睡眠剤を渡し、女性が犯行に及んだとされている。
女性は父親を殺したことを認めているが、犯行は自分一人で行なったものだとして、交際相手に罪を問わないように求めているという。しかしこの男女が交際関係にあったと言う明白な証拠はなく、犯行の動機もわかっていない。
ヒンディー語圏のメディアでは、こうした男女の恋愛に起因する事件が、毎日のように報道されている。ハリヤナ州でしばしば起きる名誉殺人は以前から知られていたが、近年ではウッタル・プラデーシュ州、マディヤ・プラデーシュ州、ラジャスタン州などの農村部で事件がより残忍になってきていることが注目されている。娘による父親の殺害など、これまでの典型から外れた複雑な事件が増えているのも特徴だ。以下はインド北部のヒンディー語圏で今年発生した事件の一部である。
3月、マディヤ・プラデーシュ州で15歳の女性とその交際相手が、女性の父親と当時8歳の弟を虐殺。10月、ウッタル・プラデーシュ州で不倫を疑った妻が夫を毒殺。10月、ビハール州で女性が不倫相手と共謀して夫の頭を石で殴り殺害。10月、ウッタル・プラデーシュ州で35歳の女性が男性と恋愛関係にあった娘の殺害を計画。娘の交際相手と知らずに男性を殺し屋として雇い、殺害された。
こうした事件に対し、恋愛や結婚についての考え方が柔軟になってきた若者と、それについていけない社会との軋轢を指摘する声がある。経済学者で『Desperately Seeking Shahrukh: India’s Lonely Young Women & the Search for Intimacy and Independence』の著者である Shrayana Bhattacharya は一連の事件を「女性が家族、道徳、社会的慣習に対する堅苦しい考え方に反抗した結果」だと言う。
一方で、犯罪学者の Ntasha Bhardwaj はインド国内での社会的緊張を指摘する。
「インドで宗教対立が強まり、異なる宗教間での結婚が犯罪的行為として見なされるようになってきている。多くの事件が報道されているのは、そのためではないか。また、(残忍な事件を大々的に)報道することで、結婚前の同棲や婚外交渉を抑止したいという狙いもあるだろう」
犯罪には庶民の娯楽としての側面もある。映画はもちろんのこと、テレビドラマやYoutubeチャンネルで「犯罪もの」は人気のジャンルだ。
現実に起きる事件もまた、ニュースメディアで娯楽のように扱われている。恋愛が絡んだ事件は扇状的な見出しがつけられ、女性は「狂人」か「悪人」、あるいは「惨めで可哀想な人」として描かれる。さらに、ヒンディー語圏のメディアは、事件を犯した女性を、思いやりや従順さといった「本当の女らしさ」から逸脱した存在として描く点で独特だ。
インドでの殺人事件は年々確実に減少しており、2022年には1963年以来の最低値を記録している。しかし、恋愛関係の理由による殺人事件は規模の小さい町と農村部を中心に増加している。現在、インドにおける殺人事件の動機は多いものから順に、口論、個人的復讐、恋愛関係である。
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